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常総の祭り

大塚戸の綱火

大塚戸の綱火01

大塚戸の綱火02大塚戸の綱火03

 言行一致の神として広く知られている一言主神社。9月第2土曜日には、江戸時代から伝わる「綱火」が奉納されます。綱火とは、花火のついた人形(木偶)が空中に張り巡らされた綱によって操作される一種の人形芝居。別名「からくり綱火」とも言われます。(ほかに糸操花火・糸操りとも称される。)
 三番叟(さんばそう)・仕掛け万燈・当日の芸題の3部から構成されます。三番叟(さんばそう)とは綱火の奉納に先立ち、東西南北を清め固める、つまり邪気を払う舞であり、五人の引き手によって操られます。仕掛け万燈に火がつくと、花火は中央から傘の部分へと美しく変化していきます。そして万燈の天辺に止まっている鳳凰に火を吹き始め秋空高く舞い踊ります。最近では鳳凰に変わり子供達に人気のキャラクターを取り入れることもあります。
 当日の芸題は「安珍と清姫」・「那須の与一」・「鯉の滝登り」など67演目を数える『芸能目録之図』<文久4年(1864年)版>から一つ選び実施されます。演し物(だしもの)が一瞬のうちに空中で変化したり、7色の火を噴きながら空中を踊る姿は、実に華麗で雄大な花火です。上演に先立っては出しものを紹介する口上が述べられます。一言主神社に保管される『糸操年代記』には文化元年(1804年)から明治34年(1901年)までの演題の記録があり、97年間に27回の綱火興行が行われたことを証しています。葛城流の名は、一言主神社の祭神を大和国葛城山から遷宮したことにちなんだものと伝えられるが、いつごろ用いられるようになったかは定かではありません。この綱火の由来を示す確たる資料は見出されていませんが、万治2年(1659年)、大塚戸村向山坪に三峰神社(明治42年一言主神社境内に合祀)が開基されるにあたり、村民が花火を奉納したのが始まりとされています。終戦直後の昭和22年(1947年)には諸般の事情により一時中断されましたが、昭和44年(1969年)「大塚戸芸能保存会」により復活し現在に受け継がれています。また、綱火の前には社殿において神楽舞も奉納され、この神楽舞は(1)四方固め(2)御幣の舞(3)鈴の舞(4)喜の座から構成され、綱火に遅れて奉納行事に加えられたと伝えられています。平成11年、茨城県指定無形民俗文化財に指定されました。

開催時期 9月第2土曜日
場所 一言主神社境内

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